情けなくてヘンな大人と、純な少年の『母をたずねて三千里』
1999年の映画『菊次郎の夏』は、世界の北野武監督の作品。
彼の作品はちょっとキツイ描写が多くて苦手、という人も多いと思いますが(というか、私自身がこわごわ観る感じです…)、こちらは子どもと一緒に安心して観られる作品です。
10数年前に一度観た時、そのピュアさに新鮮な驚きを覚えたのを記憶しています。
また観たくなって、借りて再視聴しました。
*【おすすめ映画】は個人的に観て欲しいと思う推し映画を、勝手にレビューしてご紹介しています。基本、ラストの具体的なネタバレはなしですが、ストーリーの解説上、細かい部分は暴露してしまってる点もあります。新旧の洋画・邦画あります。感想はまったくもって個人の見解なので、ご了承ください^^;。
センチメンタル度 ★★★★☆
笑える度 ★★★☆☆
万人受け度 ★★★☆☆
シーンの美しさ度 ★★★★★
役者さんの魅力度 ★★★★☆
音楽 ★★★★★
【ざっくりあらすじ】主人公は菊次郎じゃない!?
普通、「菊次郎の夏」ときて子どもが軸の映画とくれば、「菊次郎って子どもなんだろうな」と思いませんか?
でも、この映画のトリッキーなところは、子どもの名前は「マサオ」なところ。
じゃあ、菊次郎って誰?という答えが、なんと終盤まで出てこないというところに、北野監督の茶目っ気や、この名前に対する思い入れを感じます(まあ、主役は2人なので、もう一人の方だろうという推測は観る側にもついているんですが…)。
実はこの菊次郎というのは、北野監督のお父さんの名前なんだそうです。
北野監督が父親へのオマージュとしてこの映画を作ったと言えばかっこいいですが、あの人はもうちょっとひねくれたことを考えていそうですね。
さて、本題のあらすじですが、このお話はマサオくん(関口雄介)の夏休みとともに始まります。
おばあちゃんと二人で浅草に暮らす小学三年生のマサオくん。お父さんは早くに亡くなり、お母さんは遠くで働いています。
夏休みになっても、人形焼のお店で働くおばあちゃんには、マサオくんをどこかへ連れて行ってあげることができません。
でも、友達はみんな旅行へ行ってしまい、サッカー教室はお休みで退屈していたマサオくんは、ひょんなことから写真を見つけます。
顔も覚えていない、お母さんの写真。綺麗で優しそうな人です。ついでに、おばあちゃんが隠していた住所も見つけてしまいます。
「お母さんに会いに行こう!」
居ても立ってもいられなくなったマサオくん、おばあちゃんに相談もなく飛び出してしまいます。
でも小学三年生の彼には、十分な交通費も、行き方の知識もありません。本来なら速攻で頓挫するはずだった計画が、おばあちゃんの友達である女性(岸本加世子)の鶴の一声で一変します。
女性の亭主(北野武)をお守りにつけ、マサオくんを旅に出すことにしたのです。
しかし、見るからにダメ男の亭主が考えることはロクでもないことばかりで、二人の旅ははじめからトラブル続き。
そんな中、親切な人に助けられたり、ちょっと悪いことをしたり、やっぱり社会からはみでた人達と仲良くなったりします。
そしてマサオくんは、ついにお母さんの住所にたどり着き…!?
強い大人と情けない大人と変わり者の大人と、ちょっと傷ついた大人たち。
冒頭に少し登場するだけの、二人の女性がかっこいいです。岸本加世子さんと、おばあちゃん役の吉行和子さん。
ほのぼのした女性役もできる岸本さんですが、ここでは派手で気の強そうな(たぶん)お店のオーナー。街の不良をビシッと叱り飛ばす姿には、観ている方がスカッとします。
最初はマサオくんに「一人じゃ(お母さんのところへ行くなんて)無理だよ、いつか誰かに連れてってもらいなよ」と、フツーの大人がよく言う、まっとうで常識的で、残酷な正論を口にしています。
しかし、そんな親切ぶりつつ突き放したセリフに、彼女自身が満足できなかったのでしょう。次のシーンでは、亭主にお金を渡して「ちゃんと連れて行きなさいよ!」と二人を旅に出しています。
ぶっ飛んでるけど、姐さんかっこいい!
そして、ちょっとだけ登場する吉行さん。大したセリフは言わないのですが、一人で毅然と孫を育てているおばあちゃんの強さを感じさせてくれます。
大人の観客としては、一人で孫を育てるしんどさや、孫を置いていった娘への葛藤なども想像してしまうところです。しかし、愚痴を言わずに子育てしているのだろうということは、マサオくんが素直な普通の子に育っているところから見て取れます。
この強い女性二人が仲良さそうに話をしているシーン、さりげないけど良いなあと思えます。
『遊びましょうよ!』
旅にでた「おじちゃん」とマサオくん。北野武演じるおじちゃんがまともであるはずもなく、「コラー!さっさと新幹線に乗れー!」と叫びたくなる遊びっぷりで、とっとと旅費を使い果たします。
でも、マサオくんの涙に軽く反省して、「ちゃんとお母さんとこ連れてくよ」と腰を上げるところが、ちょっと憎めない感じです。
お金がないとなれば、旅は道連れ世は情け、ヒッチハイクあるのみ!
すったもんだの末、最後は今村ねずみさん演じる「優しいおじちゃん」の車で目的地に到着します。
それでハッピーエンドかと言えば、まあそんなことはないわけです。
ネタバレになるのであまり言えませんが、母親が小3の子どもの記憶にないほど会っていない理由が「遠くで働いているから」なんてはずはなく…。
昔は、こういう嘘を子どもについて誤魔化すことって、割とあったんですよね。今はもっとダイレクトに説明するのでしょうが。
おじちゃんが「自分と同じ」とマサオくんを見る視点に、ああこの人も寂しい子ども時代を過ごしたんだな、とわかります(だからと言って悪いことしちゃダメだんですけどね!^^;)。
この頃に絡んでくるバイカーの二人、コメディアンのグレート義太夫さんと井出らっきょさんも、ちょっと情けな系の憎めない大人たちです。おじちゃんに良いように使われる様子が、ビートたけしと弟子二人の姿そのままで笑えます。
この二人と、優しいおじちゃんと、総勢5人でその後の日々をふざけてあそびまくります。
そのきっかけになった優しいおじちゃんの『子どもがかわいそうですよ。遊びましょうよ。』っていうセリフが良い!
「かわいそう」って同情がマイナスの意味を持つのは、大人に対してのこと。
辛い思いをしてる子どもには、同じ視点で、同じ気持ちになって、無条件に同情してくれる人が必要なんです。
その上、子どもの視点になって同じレベルで遊んじゃう大人なんて、滅多にいませんよね(というか、普通の大人はタコになって水に入ったり、服を脱いで’だるまさんがころんだ’なんてやったりしない…)。
結果マサオくんは、同じレベルで真剣そのもので遊んでくれる大人たちと、楽しい宝石のような夏休みを過ごせました。
辛い心を癒やす、海と空と川と音楽と。
北野監督の作品に多い、海辺のシーン。ここでも、誰もいない海で二人が手をつないで歩くシーンがあります。
辛い現実は変わらないけど、その代わりのように静かで綺麗な海がそこにある。
また、二人が途中で泊まったホテルのプールには、二人以外誰もいません。もちろん夏休みのプールがガラガラなわけもなく、これは不自然さを承知で北野監督が演出した心象風景なのでしょうか。
これも、二人の辛い現実を埋め合わせるために用意されたファンタジーと感じられました。
優しいおじちゃん達と馬鹿騒ぎする川辺にも、他に誰もいません。
隔離されたような場所で思いっきり遊ぶ大人4人とマサオくん。ここまで頑張って旅をしてきたマサオくんへのご褒美のようです。
そして、音楽。久石譲さん作曲の主題歌『Summer』は、映画を観ていない人でも、絶対聴いたことがあるのではないでしょうか。
夏休みの青空には、切ない気持ちも吸い込んでしまう力がある。
そんな気持ちにさせてくれる、美しい曲ですね。
【結論】あえて思いっきり笑いたい、でこぼこロードムービー!
『菊次郎の夏』を、「泣けて笑える」と言ってしまえば簡単です。マサオくんと一緒に泣いてみるのも良いです。
でも、人生ってそんな簡単じゃないし、まだまだ続いていくもの。それなら、泣いてる時間はもったいない。
そうだ、遊んじゃおう!!
この映画は、北野さんや今村ねずみさん達が真剣にハチャメチャやるのを観ながら、涙をギュッと抑えて、あえて笑っちゃうのが良いと思います。
ちょっと自分、傷ついてる?と思ってる大人におすすめの映画です!