樹木希林さんの訃報に寄せて。最後の主演映画「あん」をあえて辛口にレビューする

超個性派女優・樹木希林さん追悼

2018年9月15日、樹木希林さんが亡くなられましたね。「全身がん」と公表しながらも、気負うことなく病気とつきあう姿が印象的でした。

内田裕也さんとの独特な結婚生活や子育て、そして唯一無二の存在感が光る演技。私にとって樹木希林さんとは、どんな役を演じても力が抜けていて、「どこにでもいそうで、でもどこにもいない人」を表現できる女優さんというイメージがあります。

そんな樹木希林さんの最後の主演映画、河瀨直美監督の『あん』(2015年公開)について語りたいと思います。

『あん』のストーリーは?※ネタバレ注意です

『あん』ってかわいい響きできすよね。しかもこれが和菓子のあんこ(餡)だと聞いて、最初は可愛くほのぼのした作品かと思いました。監督は日本インディーズ映画界の寵児という感のある河瀨直美で、日常生活を描くのがうまい人ですし。

ちなみに英語のタイトルは`Sweet Bean’(甘い豆)です。こちらもかわいいタイトル。

ところがどっこい、背景にはなんとも厳しいものが…。最終的には「どう生きるか」「生きることの意味」といったテーマに直面することになる、心にある種の重さを残す映画なのです。

(ここからストーリー解説なので、ネタバレがあります。読みたくない方は`ハンセン病とは?’まで飛ばしてください)

物語は美しい(整いすぎて、ややニセモノ感もある)満開の桜の元で始まります。桜を愛でるおばあちゃんは、樹木希林さん演じる徳江(とくえ)さん。

そして、プレハブ小屋に毛が生えたような小さな店「どら春」でどら焼きを焼いているのが千太郎(永瀬正敏さん)。お客の女子中学生に「せんたろー!」と呼び捨てにされちゃう、ちょっとしょぼいおじさん風です。

小さいとは言え、どら焼きだけでこの店、やっていけてるの?とか、女子中学生がそんなにしょっちゅう、どら焼きしかない店に来るかなあ…という微妙な違和感はともあれ、徳江さんはこの店に惹きつけられてやって来ます。

求人募集の張り紙を見つけた彼女、突然「私を雇ってください」と売り込みを始めました。バイトを募集するほど儲かってるの?とまた現実的な疑問が湧きますが、「うち時給600円と安いし、結構力仕事なんで…」と千太郎は尻込みします。しかし「年齢不問」を見逃さなかった徳江さんは「半額で良い」と引き下がりません。困った千太郎は、どら焼きを1つプレゼントして帰ってもらいます。

翌日、徳江さんは千太郎に、タッパーに入った自作の餡を渡します。徳江さんは謙虚な態度ですが、つまりは「あんたのより私の餡の方が美味しいから、食べてみなさい」というメッセージですよね。

困りつつ餡を食べてみた千太郎はその美味しさに驚愕し、「作り方を教えて」と徳江さんを雇います。なんと千太郎、「餡をつくるのは難しいから」と業務用の餡を買って使っていたんです。それじゃ、小さくともどら焼き専門店の看板が泣きますよね!

「わたし、このお店で働けるのね」と心底嬉しそうな徳江さん。この時の希林さんの笑顔、とっても可愛らしいです。

美味しいどら焼きを作る二人!だけど…

「鳥よりも早起き」という徳江さん、翌朝は早くから餡の仕込みにかかります。千太郎に教えながら、二人で茹でこぼししたり、砂糖や水飴を加えたり…。

(そうそう、餡って手間ヒマがかかるんですよ。私もたまに小豆を煮ますが、市販の物より色が濃く、豆の風味が豊かに感じられる気がします)

徳江さんの餡を使ったどら焼きは、近所でも評判になります。小さな店舗の前に行列ができるまでになった「どら春」。でも、小型犬を連れたオーナー(浅田美代子さん)が登場するあたりから、イヤ~な感じが漂い始めます。案の定、彼女は手指の自由が利かない徳江さんを「あの人、’らい’じゃないか」と言い出します。そんな人を雇っていたら、お客さんが寄り付かなくなると言うのです。

しかもどうやら、オーナーは千太郎に大きな貸しがあるようです。甘い物嫌いの千太郎がここに縛り付けられているのも、そのためだったんですね。

でも、千太郎には、優しくて働き者の徳江さんを切ることはできません。そうこうしているうちに噂が広まったらしく、「どら春」には全くお客さんが来なくなってしまいました。

自分が原因であると察した徳江さんは、黙ってお店を辞め、手紙で千太郎に気持ちを伝えます。手紙には「悪いことをしているつもりはなくとも、世間の重圧に押しつぶされることがある」という重い言葉が…。

「徳江さんを守れなかった」と悔やむ千太郎は、唯一お店に来続けてくれた女子中学生のワカナ(内田伽羅さん)と共に、徳江さんの住まいである療養院を訪れます。

少し元気をなくしたように見える徳江さんは、二人を優しく迎え、自分のことを教えてくれました。友達(市原悦子さん)と一緒に、隔離された療養院の中でお菓子をたくさん作ってきたことや、家族に連れて来られた日のこと、お母さんが縫って持たせてくれたハイカラなブラウスは、着る間もなく取り上げられてしまったこと…。

そんな徳江さんに、千太郎も自分の過去の過ちを打ち明けます。家出したいと言い、ペットのカナリアを徳江さんに預けたワカナも、考えるところがあったようです。

(↑ネタバレここまで)

この後の結末まで書くとネタバレ過ぎてしまうので、映画でお楽しみください!

ハンセン病について

途中で話が出てきた時は「え、今の時代にらい病?」とびっくりしました。オーナーの口から自然に「らい」という言葉が出てきたのは、近くに療養所があるという設定からでしょうか。現在はハンセン病と呼びますが、まだ「らい病」と呼ぶ人もいるのでしょうか…。

ひと昔前、社会から隔離されるなど不当に差別を受けてきた患者さんたちの問題が明るみに出た病気ですよね。差別をなくすために法律が整備されたはずで…、と思い返してみても、恥ずかしながら私には、それからどうなったのかという知識はありませんでした。本当に恥ずかしい話ですが、何となく、もう病気自体や患者さんたちの存在も「過去のもの」という気がしていたのです。

そこで調べてみたところ、ハンセン病は現在では抗生物質の投与で治療でき、昔のように不治の病ではなくなっていました。国立感染症研究所の感染症情報センターによると、現在でも年に0人〜数人程度、新規に患者さんが出ているそうですが、皮膚科などで診断されれば保険適用で治療を受けられます。日本ではすでに制圧された感染症です。

そうは言っても、やっぱり感染ったりするのかな?と心配になります。しかし、非常に感染力が低いため、日本では普通に患者さんと接してもまず伝染ることはないとのこと。もちろん、隔離の必要なんてありません。もはや怖い病気ではないんですね。

療養所はどうなっているの?

療養所には高齢の方たちがまだ残っています。すでに迎えてくれる家族がなかったり、所内での生活しか知らず仕事もなかったりするためです。今では療養所が彼らの大切な家だということもあるでしょう。

現在、差別され隔離された被害者の方たちを招き、話を聞く活動も行われています。むやみに病気を怖がり、罪のない患者さんたちを差別した暗い時代の話を聞くことは、過ちを繰り返さないためにも大切ですね。

しかし、それで差別が完全に無くなったかといえば、そうではないのでしょう。酷なようですが、変色して曲がった指でどら焼きを作っているところを見たら、買うのをためらってしまうのは人情かもしれません(どら焼きを売る場面を観ながら、病気云々の前に、お金を扱った手で食べ物を触るのはちょっと、と抵抗を感じました…。売り物のどら焼きを触る時は手袋しようぜ!と思ったのは、私だけではないと思います^^;)。ここは千太郎も含めて、手袋してたら問題なかったんじゃ!?とツッコミを入れたくなるポイントですが、もちろん、映画の目的は目の前の差別に目を向けることだけではないでしょう。

どんな命にも、生きる目的と理由はある

徳江さんの人生の意味は、何だったのでしょうか。ただ「辛い人生に耐えて生きたから立派」という言葉に抑えたくはありません。

美味しい餡を作れるようになったこと。『どら春』でワカナ達とおしゃべりしていたこと。千太郎に座布団を編んであげたこと。千太郎が辛い過去を打ち明けたいと思える相手に出会えたこと。美味しいものを作って、人を笑顔にすること。

そんなささやかなことの一つ一つに、意味がある。そんな徳江さんのメッセージは、希林さんの演技によって自然に柔らかく、かつ強く投げつけられます。

『あん』原作者のドリアン助川さんが「樹木希林さんをイメージしていた」というのも納得です。これは、あまり女優然とした人、逆に素人っぽすぎる人がやっても違和感がある役だと思います。希林さんだから生み出せた徳江さんなのでしょう。徳江さんみたいな人が身の回りにいてくれたらいいな、と自然に思える魅力がありました。

永瀬正敏、内田伽羅など共演者について

さて!他の役者さんたちも負けてはいません。がっちり脇を固める個性的な面々についても語ってみたいと思います。

名優への道を着々と歩む永瀬正敏

永瀬正敏さん、私は久々に見ました(いまだ、永瀬と言えばジャームッシュの『ミステリートレイン』を思い出してしまう私…)。どんどん味がでて、良い年のとり方をされてますね。ハンサムなのに、それをちょっと暗くて飄々とした雰囲気に丸め込んでしまう存在感、さすがです。似た系統に浅野忠信さんがいますが、ちょっとアクの強い浅野さんより、私は断然永瀬さん派です!

浅田美代子、市原悦子もちょい役で登場

「どら春」のオーナー役、浅田美代子さん。希林さんとはプライベートでも深いお付き合いをされていたそうですね。今回は自己中っぽい感じがよく出ていました。

徳江さんの友達として、市原悦子さんが出てきたのにはびっくりしました。希林さんとは少し違い、どんな役をやっても「市原さんだ!」という個性が強く出る人という気がします。そしてつい「家政婦」という言葉が浮かんでしまいます(^^;)。

希林さんとガチで絡むのは初めて!内田伽羅

『あん』はほぼ希林さんと永瀬さんの二人劇でしたが、もう一人の主要キャラ・ワカナを演じるのが内田伽羅さん。ご存知、希林さんの孫で本木雅弘さんと内田也哉子さんの長女というサラブレッドです。

新人女優賞を取ったこともありますが、正直、私はどうもこの子が女優に向いているとは思えません(ファンの方、すみません…。私の見る目がないと思ってください)。

伽羅ちゃんを初めて観たのは、是枝裕和監督の『奇跡』でした。子役をしている可愛い子という設定で、小学生ながら色々と悩みを抱えるヒロイン的な役柄です。

あんまり映ってませんが、素敵な映画なので、良かったら予告編ごらんください↓

 

この時は何も知らずに観たので、「なぜこの子がヒロイン…?」と疑問でした。確かに小学生にしては大人っぽいし、しっかりした演技をしつつ是枝監督好みの素人っぽさもあるけれど、いかんせん華がない。脇役なら落ち着いていて良い気がするけれど…。と不思議でした。

特長といえば、年よりも落ち着いた感じと自然な台詞まわしくらい。悪くないけど、なんだかなあ…?と思って調べたら、樹木希林さんがちょっと無理やりオーディションを受けさせたという情報もありました。もしかしたら是枝監督は、希林さんに「忖度」して選んだのかな、とちょっと意地悪く納得したものです。

それより、伽羅ちゃんの友達役で出ていた脇役の女の子にびっくりしました。脇役だからチラチラとしか登場しないし、小学生だから派手なメイクもしてないのに、キラッと光る何かがあります。そして、吸い込まれるような透明感…!「なんでこの子がヒロインじゃないの!?」と一人で悶々としました。

クレジットでその女の子の名前をチェックしたところ、「橋本環奈」ちゃんと判明。後に天使すぎると話題になった、あの子でした…!いやあ、アイドルとか女優はまさに天職ですね。

翻って伽羅ちゃんの方は、例えば『萌の朱雀』の尾野真千子さんのように「またこの子の演技を観てみたい」と思わせられるとか、『誰も知らない』の柳楽優弥さんのように、ものすごい存在感を見せつけてくるとか、そういうものが感じられなくて…。

伽羅ちゃんは『あん』で初めて希林さんと絡む演技をしたそうです。訥々と喋ったり、ちょっとセリフに詰まってみせたりする演技をしているのが自然ではありました。でも逆に、是枝・河瀬作品以外では務まらないのでは…という気持ちになってしまいます。何より、「この子が出る他の映画も観たい」と思わせられないですしね。

何だか伽羅ちゃんにばかり辛くなってしまいました(汗)。ごめんね伽羅ちゃん…。でも、本当にこの子は思慮深そうな感じだし、役者よりは脚本家とか、お母さんのようにエッセイストとか、そういったキャリアが似合う気がしてなりません。

それにやっぱり、河瀬・是枝両監督の作品なら、びっくりするようなダイヤの原石に出てほしいんですよ〜(><)。

樹木希林さんは、やっぱりすごい女優さんだった

メディアで伝えられる希林さんのプライベートの発言や行動には、突飛なものが多くあります。それに比べ、この『あん』の徳江さんは優しく暖かいイメージ。ちょっとユーモラスなところが、希林さん本人に通じるくらいでしょうか。

自分とは違う面も自然に表現できるのは、優れた演者の証拠ですね。チャーミングな笑顔の奥に、何か怖いものを一筋隠している気がするのは、ご本人の人間としての深みのなせる技でしょうか。

日本映画界にいつまでも名を残すであろう樹木希林さん。ご冥福を祈りつつ、彼女の作品を楽しみ続けたいと思います。